2.テロメアの重要性

概要

生物学の研究において、テロメアは何十年も前から強い関心の対象でした。それはテロメアがヒトの疾患と関係があることが知られるようになるずっと以前からのことです。この章の内容は、そうしたこれまでのテロメアの研究成果を紹介することをつうじて、第3章以降の内容をよりよく理解するための基礎を提供することを目的としています。はじめにテロメアとはどういうもので、どのような機能を持っているのかに関するキーワードを解説します。つづいてテロメアを保護し維持するための細胞内機構について、そしてその機構の障害が疾患を引き起こす仕組みについて説明します。

細胞の種類

生体は細胞と呼ばれる小さな構成単位と、細胞から分泌されて形成されるミネラルや蛋白質などの物質(たとえば骨を形成するもの)からなっています。一人のヒトには数兆個もの細胞があります。
 成人には、役割、形、大きさなどがさまざまに異なる多くの種類の細胞があって、それぞれが特定の機能を分担しています。たとえば末梢神経細胞は非常に細長い形をしていて、脊髄から筋肉に伸びて電気信号を送るという機能を担当します。また赤血球は酸素と結合する蛋白質(ヘモグロビン)で満たされた袋のようなもので、血液中を循環して肺から体のすみずみにまで酸素を届けるために必要です。
 この細胞の種類ということを考える上で非常に重要な観点の一つに、「その細胞が個体の遺伝情報を子孫に伝えることができる細胞かどうか」、ということがあります。卵細胞と精子細胞が、この機能に特化した細胞であり「生殖細胞」と呼ばれます。これらから生じる卵子と精子が受精卵を形成することで両親の遺伝情報を受けついだ胚(胎児)の発生が始まります。卵細胞と精子細胞以外の細胞はすべて、その遺伝情報を子に伝えることのない細胞であり「体細胞」と呼ばれます。

なぜ細胞は自己の複製を作る必要があるのか

細胞は成熟して大きくなるとともに、2つの細胞に分裂するという過程に際して、自己の複製を形成します。
 ヒトの一生において、その体内では細胞が数えきれないほどの回数の細胞分裂を生じます。まず胎児期には、ヒトの体はただ1個の細胞(受精卵)から、これが何回も分裂を繰り返すことで体を完成させ産まれてきます。生後にも、幼児から成人に成長する過程で多数の新しい細胞が分裂によって作り出されます。
 人体を構成する多くの細胞は時間とともに新しい細胞に更新されていきますが、このためにも細胞の複製は必要となります。この細胞の更新は何度も繰り返されることがあり、しかも一生続きます。中にはある種の神経細胞のように、胎児のときに一度作り出されたあと分裂せずに一生そのままの細胞もあります。しかし大多数の細胞は古くなると除去され、新しい細胞に入れ替わっていきます。
 細胞の中にはあたかも定期的なリフォームが行われるかのように入れ替えられるものがあります。その例の一つが赤血球で、平均約4か月で新しい細胞と入れ替わります。古くなった赤血球は壊され、その中にあったヘモグロビンなどの分子はリサイクルされます。
 もう一つの例は皮膚の細胞で、これらは一定の時間が経過したら細胞死を起こすように遺伝的に仕組まれており、その時間が経過したら剥がれ落ちていきます。一方で新しい細胞が常に細胞分裂によって補充されているため、皮膚の細胞は新しい細胞に入れ替わっています。腸の内面を覆う細胞も同様に常に入れ替わります。このような定期的な細胞の入れ替えとは別に、組織が損傷を受けたときにこれに反応して細胞が分裂して新しい細胞に入れ替わる場合や、特別な必要があるときにそれに応じて分裂し増殖する場合などがあります。例えばある種の白血球細胞は感染病原体と戦う必要があるときに大量に複製されることで増殖し、その勤めが終わるとほとんどが死滅するというようなのがその例です。

生命物質

ほとんどの細胞は、自身が機能するため、他の細胞と協調するためのすべての情報が書き込まれた設計図をその内部に持っています。この設計図はDNA(deoxynucleic acid; デオキシリボ核酸)と呼ばれる非常に長い分子の形で細胞内に存在しています。この情報を表すために、DNAは4種類の文字からなる符号を用います(コンピューターで使われる情報の書き表し方に似ていますが、コンピューターの場合は符号が1と0の2種類なのが異なります)。この4種類の文字はA, G, C, Tであり、その実体はヌクレオチドと呼ばれる4種類の分子、すなわちアデニン(A; adenine)、シトシン(C; cytosine)、グアニン(G, guanine)、チミン(T; thymine)です。この4つの文字で書きこまれた遺伝子の総体をゲノム(genome)と呼び、ヒトではゲノムは染色体と呼ばれる46個のDNAの塊に分かれています。46個の染色体の半数は母親から、他の半数は父親から受け継いだものです(第5章「家族への遺伝カウンセリング」を参照)。また46個のうち44個は、2個ずつがペアとなって22対の単位を形成しており「常染色体」と呼ばれます。残りの2個は「性染色体」と呼ばれますが、これは女性ではほとんど似たような大きさの2個の染色体のペア(XX)であるのに対し、男性では大きさのかなり異なった染色体のペア(XY)である点が異なっています。

 生きている細胞にはDNA以外にも多くの種類の物質が含まれていますが、ここではその中で特に2種の物質、蛋白質とRNA(ribonucleic acid;リボ核酸)について述べます。
蛋白質は生命にとって本質的な、非常に重要な物質で、生命の維持に必要な膨大な種類の化学反応を正確に生じさせるための分子機構のほとんどは蛋白質の機能によっています。この機構には、細胞が分裂する際にDNAをはじめ多くの物質の複製を形成する機構も含まれます。多くの種類の蛋白質の設計図は、DNAの特別の場所(遺伝子)に書き込まれています。
遺伝子に書き込まれた蛋白質の設計図情報はRNAに書き写され、さらにRNAはこの情報を携えて、細胞の内部にある蛋白質を生成する場所に移動します(図1)。すなわちRNAは、ゲノムから蛋白質を生成するための仲立ちの役目を負っている物質ということになります。生物学では、RNAがDNAから情報を写し取ることを「転写 transcription」、RNAに写し取られた情報に基づいて蛋白質を生成することを「翻訳 translation」と呼びます。上に述べたように細胞内には染色体2本ずつのペアが形成されていますから、ほとんどの遺伝子はDNAとして2個ずつの設計図を持っています。ただし性染色体にある遺伝子だけは重要な例外となります。

細胞分裂の際にDNAが複製を作る方法は大変興味深いものです。DNAは2本長い分子の鎖が対を形成したもので、ワトソンとクリックによる発見でよく知られた「二重らせん」を形成しています。この対となった2本の鎖は、片方が片方の鋳型になるという構造をしています(この関係を「相補的 complementary」と呼びます)。この鋳型を形成するために、次のような簡単な規則が定められています。片方の鎖の一つの文字がAであるとすると、相方の鎖はこれにTで対応します。逆に一方がTなら、相方はAです。一方の文字がCの場合には相方はGで対応し、逆に一方がGなら相方はCです。
DNAを複製するにあたっては、二本鎖を解き、そのぞれぞれに相補的な新しい鎖を合成していくために、この機能に特化した多くの種類の蛋白質が動員されます。その複製の結果でき上った、それぞれ二重らせんからなる2本のDNA鎖には、鋳型となったもとの鎖と、新しく合成された鎖とが1本ずつ含まれることになります。
RNAの合成とはすなわちDNAの遺伝情報のコピーを作ることですから、コピーされたRNAから逆にDNAの形に情報を「書き戻す」ことも可能なわけで、これを「逆転写 reverse transcripition」と呼びます。RNAの合成に特化した蛋白質はDNA複製に使われる蛋白質とは別のものであり、また逆転写のためにはこれに特化した蛋白質があります。

テロメア

ヒトのゲノムは46本の染色体に分かれて細胞内に収められていますが、そうするとそれぞれの染色体において、その両側にDNAの「末端」の部分が2か所ずつあることになります。この末端の存在によって、細胞は2つの大きな問題に直面します。
一つは、DNAを複製する機構はその原理上DNA分子のいちばん末端の部分までを複製しきれないということによる問題です。この結果、細胞が分裂するたびに染色体は少しづつ短くなっていくことになります。
もう一つは、DNA分子の内部に偶発的な損傷などによって切れ目が生じた場合に、細胞はこの偶発的な切れ目と、本来存在する染色体の末端とを区別しなければならないという問題です。DNAの内部に偶発的な切れ目が生じると、細胞の機能にとって重大な障害となりうるので、細胞にはこの切れ目の端と端をつなぎ合わせて修復する機構が用意されています。しかしこの修復機構が、本来存在する染色体の末端を偶発的な切れ目と誤って認識してしまうと、どれか2つの染色体がつなぎ合わされ、1個の巨大な染色体ができ上ってしまいます。このような染色体は壊れやすく、あちこちでDNAの切れ目を生じ、ゲノムが不安定になって細胞に重大な障害をもたらしますからこのようなことは避けなければなりません。

細胞は、この2つの問題を次のような方法で解決しています。
第一の問題に対しては、染色体の末端にDNAの特別な文字配列を置くことで対応しています。これはTTAGGGという6個の文字配列が、数百回も繰り返して配列しているものです(図2)。この繰り返し配列は特定の蛋白質をコードしておらず、遺伝子の機能の点からは不要な配列です。したがって、この部分が複製され切らずに短くなっていっても、細胞にとって有害な結果は生じないことになります。
第二の問題に対しては、上述のTTAGGG繰り返し配列部分のDNAを保護する蛋白質を用意することで対応しています。細胞にはDNAのこの特徴的な文字配列を認識してこれに結合する一群の蛋白質があり、さらにこの蛋白質に結合するいくつか別の蛋白質があります。これらは合わさって大きな蛋白質複合体を形成し、染色体の末端部を覆って、染色体末端が偶発的なDNAの断裂と間違われることを防いでいます。この複合体を形成する蛋白質は6種類あり、それぞれTRF1, TRF2, TIN2, TPP1, POT1, hRAP1という名称があります。

このTTAGGGというDNAの繰り返し配列によって特徴づけられる染色体の末端部分のことを「テロメア」と呼びます。これに結合している保護蛋白質とを合わせた全体をテロメアと呼んでいる文献や資料もありますが、どちらの意味であるかは文脈から判断します。
テロメアは、細胞分裂の繰り返しによってかなり短くなってもその機能を保ちます。しかし、細胞に害を与えずに短くなることには一定の限界があります。テロメアがあまりにも短くなると、もはや保護蛋白質が結合する場所がなくなってしまい、偶発的なDNA断裂と間違われることを防ぐための保護の手立てを失ってしまいます。 細胞は、こうしたテロメアの短縮の限界にどのように対応するのでしょうか。テロメアがもはやこれ以上短くなれないという限界を迎え、それが回復できないとき、細胞はそれ以上分裂を起こさなくなるのです。つまり、この細胞は「寿命」を迎えたことになります。テロメアはこのようにして細胞の老化の過程に関わっています。分裂できない細胞が増加すると、健康な個体では常に行われている細胞の更新が行えなくなり、臓器や個体の老化が進行します。脳のように細胞分裂が活発でない臓器においても、テロメアの短縮は老化に関与します。なぜなら、このような臓器が健康な状態を保つためには、細胞分裂が活発な細胞の存在が不可欠だからです。たとえば脳の栄養は血管に依存していますが、血管は正常な機能を維持するためにその内面の細胞を常に更新している組織であり、この老化は脳への栄養の供給に支障をきたして結果的に神経細胞が減少していきます。

テロメアはどのようにして生涯にわたり存続するのか

テロメアは、厳密に調節された生命システムの一部です。通常の環境下では、テロメアは機能を維持し、ヒトの一生にわたる細胞分裂において染色体を保護します。テロメアの機能の維持において最も重要な2つの要因が、テロメアの最初の長さと、細胞分裂に伴ってどれくらいのスピードで短くなっていくのかということです。 
まずテロメアの長さということについては、生殖細胞は胚の発生のごく初期において、その後に生じる膨大な回数の細胞分裂に備えて十分な長さのテロメアをつねに維持する必要があります。このための機構の一つが「テロメラーゼ」という複雑な分子からなる酵素で、染色体の末端にあたらしいDNAを付加する機能を持っています。この付加されるDNAにはテロメアに特有のTTAGGG配列が多数含まれているので、細胞分裂によるテロメアの短縮を十分に回復させることができます。「テロメア」と「テロメラーゼ」は響きの似た言葉で混同しやすいのですが、「テロメア」は細胞分裂のたびに短くなっていく染色体末端のDNA配列、「テロメラーゼ」はテロメアを長く伸ばしていく酵素、というふうに区別して覚えてください。

テロメアが短くなっていくスピードは、環境、またライフスタイルによる影響を大きく受けます。例えば毒性物質、抗がん剤などは組織や細胞の損傷をきたし、その結果これを回復するための多数の細胞分裂を誘導するため、テロメアの短縮を促進します。骨髄移植を受ける患者の前処置や、一部のウイルス感染症などもこの減少を起こします。これとは別にライフスタイルの問題、たとえば運動不足、喫煙、長期にわたる強いストレス、肥満などを抱える人にはテロメアの異常な短縮が見られることが知られています。
生殖細胞と異なり体細胞のテロメラーゼ活性は低く、テロメアの短縮を遅らせはしますが完全に回復させることはできません。常に新しい血液細胞を供給するために活発に細胞分裂を行っている骨髄のような組織においては、このテロメラーゼ活性の問題は細胞の維持に対して非常に重要な影響を及ぼします。
テロメラーゼはこのようにヒトの一生にわたってテロメアが存続する上での、最も重要な因子です。これは胎児期に十分な長さのテロメアを確保しておくということだけでなく、その後の細胞分裂によるテロメアの短縮スピードを遅らせるという意味においても重要です。テロメラーゼの機能に遺伝的な障害があると、テロメアの異常な短縮が生じ、染色体の変化が原因となる疾患を防止できなくなる可能性があります。

テロメラーゼ

テロメラーゼという酵素の機能は、テロメアに特有のTTAGGGというDNA配列を作り出すこと、またこの配列をテロメアの末端に付加することです。実際にはこの反応はRNAを介して行われます。まず、DNAのTTAGGG配列に対し相補的な配列をもったRNAがゲノムから転写されて生成され、これを逆転写してDNAとし、テロメアの末端に付加します。この反応には3つの主要な因子が関与しています。

第1はこの相補的RNA分子で、通常hTR(human Telomerase RNA; ヒトテロメラーゼRNA)とよばれ、ゲノムにおいてはTERC遺伝子(Telomerase RNA Component; テロメラーゼRNA成分)としてコードされています。hTRのことをashTER, hTERCなどと呼んでいる文献もありますが同じ意味です。TERC遺伝子から転写が行われhTRのメッセンジャーRNAが生成されると、そのRNA鎖の端には特殊な文字列が付加されます。この文字列はすべて「A(アデニン)」からなっているので「ポリA鎖」と呼ばれます。細胞内のhTRの量は厳密に調節されていますが、これはポリA鎖の長さを短くする酵素(PARN)と、長くする酵素(PAPD5)との協調によって行われています。PAPD5の作用によって長くなったポリA鎖はhTR分解の目印となりますが(つまりhTRの分解が促進されて細胞内hTRは少なくなる)、最近開発されたPAPD5の作用を抑制する薬剤は、hTRの細胞内濃度とテロメラーゼの機能を高めます。

第2はテロメラーゼの内部にある、TERT(Teromerase Reverse Transcriptase; テロメラーゼ逆転写酵素)と呼ばれる逆転写酵素です。この酵素蛋白質をコードするゲノムもTERT遺伝子と呼ばれます。

第3はジスケリン(dyskerin))で、これはhTRなどのRNA分子に結合する蛋白質です。ジスケリン蛋白質をコードするゲノム遺伝子は「DKC1」とよばれますが、これはテロメア短縮による疾患の一つである先天性角化不全症を引き起こす遺伝子異常として、最初に発見されたものであることによります。
活性を持ったテロメラーゼは少なくとも6個の分子、すなわち2分子ずつの hTERT, hTR, ジスケリンから構成されています。これらの分子が結合を保つために、さらにNOP10, NHP2と呼ばれる特別な蛋白質が必要で、TERT複合体の一部をなしています。
テロメアの長さを回復するためには、テロメラーゼは蛋白質として合成された場所から、その機能の舞台である染色体の末端に移動してくる必要があります。TCAB1という蛋白質がこの移動のために機能します(TCAB1蛋白質をコードするゲノム遺伝子は WRAP53と呼ばれます)。TCAB1はNOP10、NHP2とともにテロメラーゼ複合体の一部となって、テロメラーゼの機能に関与します。テロメラーゼが染色体の端に到達したら、今度はテロメアに結合しなければなりませんが、このために重要なたんぱく質がTPP1です(ゲノムではACD遺伝子としてコードされています)。TPP1はその表面に「TELパッチ」と呼ばれる、テロメラーゼと結合するための小さな領域を有しています。TPP1は、テロメラーゼ保護蛋白の一つであるPOT1蛋白(ゲノムではPOT1遺伝子)と結合することでテロメアに結合します。

テロメアの長さを保つために必要な他の分子

ヒト以外の生物の研究成果から推測して、ヒトにはこれまで述べたもの以外にもテロメア長の維持に影響する蛋白質が数多くあって、その数は数百種類にものぼると考えられています。

CTC1, STN1, TEN1の3つの蛋白質の複合体(CST複合体と呼ばれます)は、TTAGGGの相補的配列であるCCCTAAという配列をもったDNAを生成する機構の一部です。CST複合体はテロメラーゼの活性を調節する機能もあると考えられています。

テロメアのDNAは、ワトソン-クリックの二重らせん構造とは異なる立体構造を取ることがあります。テロメアのTTAGGGという配列を見ればわかるとおり、テロメアには多くのG(グアニン)の連続が含まれていますが、これはテロメアDNAが、「G四重鎖」と呼ばれる複雑な立体構造を取ることができることを意味します。この構造は、グアニンとシトシンのG-C結合(DNA内での本来のペアとの結合)ではなく、Gどうしが結合を生じることによって形成されます。このほかに、テロメアは「tループ」という構造を取ることもあります。これらの立体構造に関連して、RTEL1など多くの蛋白質が、細胞分裂においてテロメアが複製される際に、G四重鎖やtループ構造を保護します。(図3)

テロメアの異常な短縮をきたす遺伝的原因

これまでに述べた多くの遺伝子のどれかに異常(病的バリアント)があると、たとえどの遺伝子に生じた異常であっても、テロメアの異常短縮の原因となります(図4)。これらの遺伝子とはすなわち、テロメラーゼの構成因子となる蛋白質の遺伝子(DKC1, TERC, TERT)、その各構成因子を集めてテロメラーゼを組み立てる蛋白質の遺伝子(NOP10, NHP2, NAF1)、hTRの細胞内濃度を制御する蛋白質の遺伝子(PARN)、hTRの成熟を促す蛋白質の遺伝子(ACCHC8)、テロメラーゼをテロメアに運ぶ蛋白質TCAB1の遺伝子(WRAP53)、テロメラーゼとテロメアを結合させる蛋白質TPP1の遺伝子(ACD)などです。またこれ以外にも、テロメア異常短縮の原因となり得る異常として、テロメアの保護や合成に関わる他の蛋白質の遺伝子(TINF2, CTC1, STN1, POT1, RTEL1)の異常も知られています。

ところでテロメアの異常短縮があるにもかかわらず、これらの遺伝子異常が見つからない人もいます。このことから、テロメアの異常短縮をきたす遺伝的原因には、上に述べたもののほかに、まだ発見されていない他のものがあると考えられています。

テロメラーゼの機能不全が引き起こす結果には2つの側面があります。一つは細胞分裂のときにどうしても生じるテロメア短縮を回復する機能が、低い効率でしか働かないこと。もう一つは生殖細胞や発生初期の胚においてすでにテロメアの長さが保たれていないことです。この結果、テロメラーゼ機能不全を持つ人の子は、通常よりも短いテロメアを親から受け継いで発生を開始し、さらにその後もテロメアの短縮を回復しきれないという「二重苦」の状態に置かれることになります。このことが、テロメアの異常短縮によって生じる疾患の一部が、世代を経るごとにその症状が悪化していく現象(これを遺伝医学の用語で「表現促進 genetic anticipation」と呼びます)の原因となっています。

テロメアの短縮をきたすような遺伝子の異常は、テロメラーゼの機能に直接影響を及ぼさないものであっても、結果的に同じような「二重苦」を引き起こします。テロメアの保護に関わる蛋白質や、細胞分裂のときにテロメアを正確に複製する機構の蛋白質にかかわる遺伝子の異常によってこれらの機能が障害されると、細胞分裂のたびにテロメア短縮のスピードは増加し、ついには通常のテロメラーゼの機能ではその回復が追い付かないほどになります。こうなると、体細胞も生殖細胞も、細胞分裂によって生み出される次の世代の細胞にDNAを受け渡すことができなくなります。

短いテロメアによってなぜ病気が起きるのか

テロメアの異常短縮を伴っている細胞は、細胞分裂の「寿命」を通常の細胞よりもずっと早く迎えることになります。これは全身の組織や臓器が、細胞分裂を繰り返しながら細胞を更新し、その機能を保つという生物本来の生命活動ができなくなることを意味します。この結果、寿命を迎えた細胞は更新されずに、いろいろな臓器において細胞の数が減少していく事態が生じます。

細胞数の減少の程度は、テロメアの短縮の程度がどれくらい強いものであるかによります。テロメア短縮の程度が非常に強い場合には、細胞分裂の寿命がすぐに来てしまって、発生途上の胚においていくつかの臓器が発生しないほどになります(小脳などの脳の一部が十分に発達できずに欠損するような例があります)。短縮の程度がやや弱い場合には出生して小児期を迎えることができますが、この頃から症状が現れる場合、その症状はしばしば骨髄に出現します。これは骨髄が体内でも最も細胞分裂が盛んな臓器だからです。骨髄の機能の障害は血液細胞の減少という形で現れ、赤血球の減少(貧血)、白血球減少症、血小板減少症などを生じ、さらにこれら3種類の血液細胞の減少が同時に生じる場合には再生不良性貧血 aplastic anemia(または骨髄機能不全 bone marrow failure)となります。テロメア短縮の程度がごく軽度の場合は、大人になるまで症状が現れないこともあります。

テロメアの異常短縮はがん発生のリスクも高めますが、これは以下のような理由によります。テロメアがあまりに短くなると、染色体の末端を保護する蛋白質がテロメアと結合できなくなり、傷ついたDNAを修復する細胞内機構が、染色体の末端をDNAの傷と間違えて別の染色体の末端とつなぎ合わせてしまう誤りを防止する手立てが失われます。この結果、本来は別々の二つの染色体が合わさって異常な融合染色体を形成することがあります。この異常染色体は次の細胞分裂においてランダムな位置で切断されることになり、こうして細胞分裂のたびにランダムな染色体の融合と切断とが繰り返される悪循環が生じ、ゲノムに通常ならば生じないような変異が生じてがん発生のリスクが上昇します。またテロメアの異常によって細胞数が減少している組織や臓器は、それを代償しようとして周囲の細胞に分裂を促す強力なシグナルを送りますが、これは上に述べたような、がんのリスクを抱えた細胞の増殖をも促す結果となります。さらに、細胞の数が保たれた正常な臓器で正常に機能している細胞には、がんのリスクを抱えた細胞の増殖を抑制する機能がありますが、これはテロメアの異常によって細胞が減少している状態では失われて行きます。

テロメアの異常短縮はどの臓器にも障害を起こし得ると考えられますが、実際には特定の臓器が特に強く障害されることが多く、この理由については明らかになっていません。骨髄のように細胞分裂が盛んな臓器に強く障害が生じることは容易に理解できます。しかし、たとえば肺のようにそれほど細胞分裂が活発でない臓器が、皮膚や消化管粘膜など細胞分裂が盛んな臓器よりも強く障害されることが多い理由の説明は困難ですし、ときに骨髄にほとんど障害がないのに肺にだけ強く障害が現れるような、理解に苦しむ例もあります。このほか、テロメアが非常に短くなっているにもかかわらず、生涯にわたってなんらの症状も出ない人がいる理由も、現在では説明のできない問題です。

これらの問題の一部は、環境やライフスタイルの要因によって説明できると考えられています。テロメアの短縮を遺伝的にもつある家系の例では、肺病変は異常な遺伝子を受け継ぐだけでなく、喫煙をしている人のみに現れています。また他の家系の例では、テロメアに関連する障害はがんに対する化学療法を行った時にはじめて現れています。このほかの説明としては、まだ発見されていない遺伝子がテロメアに未知の影響を及ぼしているという可能性もあります。

テロメア異常の振舞いがこのように予測できないということは、一方においてテロメアに関する遺伝的障害を持つ人にとって希望を抱かせます。テロメアに関連する遺伝子の異常を持つ人が必ずしも疾患を発症するとは限らず、また仮に発症したとしてもそれがその後進行するとは限らないということになるからです。環境要因とテロメアの生物学との関連が今後より明らかにされていけば、我々は遺伝子異常がもたらす悪い結果を予防したり、進行しないように制御したりすることができるようになるでしょう。

2.テロメアの重要性 Read More »